海外で働くには、というよりそれ以前に海外で生活するためには、その国の言葉が話せるのと話せないのでは大きな違いがあります。その国の生活をエンジョイする為にも、言葉が出来るに越したことはありません。ではその国で「働く」為には、どの程度の語学力が必要なのでしょうか。
働くということは、何かの役に立つことでお金をもらうことです。何の役にも立っていないように思えることでも、社会の仕組みの中では何かの意味をもっているはずで、その為にお金を出す人がいるわけです。
その何かの役に立つためには、たいていの場合は言葉によるコミュニケーションが必要です。なので海外で働きたいと思うのであれば、例えば通訳のように、そのことで報酬をもらうのでなくても、仕事に支障がないくらいのコミュニケーション能力がなければ、プロとは言えないと私は思っています。
でも語学は苦手という方は、ご安心下さい。「仕事に支障がないくらいのコミュニケーション能力」というのは、なにもぺらぺらに話せることでは決してありません。外国語を流暢に話せても、コミュニケーション能力がない方もいらっしゃいます。今回は、そのことを少し考えてみたいと思います。
私は大学でスペイン語を専攻した後、日本で働きながら、夜間にスペイン語の会話教室に週に一回通いました。そこの先生は日本人男性と結婚した日本に住むアルゼンチン女性で、4~5人の少人数制のクラスでしたが、その先生の授業はとてもユニークでした。
テキストは一切使いません。授業では最初に黒板に、いくつかのスペイン語の単語が並びます。単なるなんでもない単語や、その時々で話題になっている単語です。例えば今だったら、「熱中症」、「花火」といった単語や、「トランプ政権」という単語も出てくるかもしれません。
そして生徒は一人ずつ順番に、その言葉を使って何でもよいから5分程度スペイン語で話します。自分の経験でも思い出でも良いし、人から聞いた話でも、自分の意見や考えでも構いません。辞書の持ち込みは自由で、辞書を引きながら話しても全然構いません。
そして先生は、生徒が話すスペイン語を正しいスペイン語に矯正し、それを生徒は復唱します。
さてあなたは、「熱中症」という言葉を使って、どんな話が出来ますでしょうか?ちょっと考えてみてください。
英語や別の言語でなくても構いません。日本語で、何か話せますでしょうか?「トランプ政権」はいかがでしょう。「トランプ政権はおかしい」だけでは、5分ももちません。トランプ政権について自分の意見なり関連する話題を、5分間話せますでしょうか?
私はこの会話教室に通い始めた頃、スペイン語能力より何より、自分に話すネタがないことを思い知らされました。それ以来、普段から注意して新聞を読み、テレビのニュースに耳を傾け、何を聞かれても困らないように自分の意見を持つように努めました。
授業では先生は正しいスペイン語に矯正してくれますが、矯正してもらうためには、完璧なスペイン語でなくても、自分が言いたいことをまず先生に理解してもらう必要があります。私たち生徒は、完璧なスペイン語を話すことよりも、まず先生に理解してもらうように、一生懸命辞書をひきながら話しました。
私はテキストを使った会話の雛形の練習ではなく、どのような単語が出されるかその時になってみないとわからず、即興で色々考えて話す練習を海外に出る前にやっておいて、本当に良かったと思っています。
英会話の学校にその後も通ったこともありますが、今考えてみると、テキストに出てきた会話のシチュエーションに実際に遭遇したことは、殆どなかったと思います。なので、せっかく習った表現も想像の世界でしか使わなかった気がします。
私はこのスペイン語の会話のレッスンを通じて、大切なのは、正しく話すことではなく、話す話題を持つことや自分の考えを持っていること、そしてそれを変なスペイン語でも良いから、最低限相手に理解してもらえるように、話すことであることを学びました。
日本人はこれが苦手で、意見を求められてもなかなか言えない場合が多いのですが、海外の人は下手な語学でも全く気にしないで、自分の言いたいことを一生懸命言おうとします。そして間違えたり、直してもらいながら話すことで、その言語を上達させていきます。
海外で働く場合の「仕事に支障がないくらいのコミュニケーション能力」というのは、このことです。
外国語で指示されり頼まれた内容を、ちゃんと理解出来たか自信がない場合は、下手でも良いから自分の理解を伝えて合っているか確かめたり、自分が出した指示や依頼が分かってもらえたか自信がない場合も、徹底的に説明します。
1を聞いて10を知るのは、世界中でも日本人だけです。海外に出たら、10を知ってもらうためには12くらい説明する必要があると思った方がよいでしょう。この時に、語学に自信がある人だと、スマートな表現をすることで相手に理解してもらえたと思ってしまい、実は説明不足になりがちです。
むしろ語学にあまり自信がない人の方が、一生懸命説明することで伝える情報量が多くなります。
例えばビジネス・イングリッシュのテキストに出てくるような会話のシチュエーションは、会社勤めで毎日毎日出てくるわけではなく、そういうシチュエーションになってもテキスト通りの方向に会話が流れることは、残念ながら滅多にないと思った方が良いでしょう。
なのでそういう例文を覚えるよりも、普段から何かについて自分の意見をもち、何かについて説明することを意識して、それを英語やその国の言葉で考える習慣をつけておいた方が良いと思います。仕事で使える語学が出来るというのは、そういうことだと思います。
少し練習してみましょう。あなたは、「海外」という言葉を聞いて、どんなことを考えますか?あなたの考えることや思うことを5分間、あなたが学んでいる外国語でしゃべってみましょう。「私は海外で働いてみたいと思います」と、そんなフレーズから始まるかもしれませんね。
でもそれでは5分はもちません。何故海外で働きたいのか、海外で働くことは自分の為になると思うか、何故日本で働くのではだめなのか、話せることは色々あるはずです。そしてその話題は必ず、あなたが海外で働くようになったら職場でその国の人たちから聞かれる内容につながります。
スマートで完璧な外国語で話す必要は全くありません。自分の意見や考えを言うことで、相手も自分の考えが喚起されて、実のある会話になっていきます。会話って、どんな些細なことでも、意見を交換することだと思いませんか?
いかがでしたか。外国語がぺらぺらでないと、海外就職出来ないのではないかと思っているようでしたら、ちょっと違います。まず日本語でぺらぺら話せてコミュニケーション能力があり、外国語を取得する意思がある人であれば、海外で働くのには問題ないと思います。
ありきたりな表現ですが、どう話すかよりも、何を話すかを考え、外国語習得することをお勧めします。
この記事を書いた人
T様
海外在住暦20年のビジネスウーマン。夢だった海外生活のため日本の勤務先を休職し、スペインに単身留学。卒業後、現地の日系グローバル企業に就職し、その後南米に転職。合計4ヶ国での勤務を経て、現在は営業管理職を務める。